ジュヌヴィーヴな毎日

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電話してみた①

TBS。

ケーブルのニュースチャンネルで「従軍慰安婦」と読み上げたので、

すぐ電話して、「いわゆる、従軍慰安婦、です。いわゆる、をつけてください」

大代表から、スタッフに回されたので、直訴。

若い女性が対応。なんか、社会人としてどうなの?という電話の出方。

マスコミって、アレでいいのね。

「はーい、はーい」てな感じ。

ご意見ありがとう御座います、の一言も視聴者に言えないなんて、終わってる。



フジテレビ。

椿原さんが、大阪市役所から中継の際「従軍慰安婦問題で」と述べられたので、

「いわゆる、従軍慰安婦」問題、といわゆるをつけてください」

ナレーションは、そのままだったけど、その後の安藤優子さんはちゃんと「いわゆる」を付けていらっしゃいました。

電話は、いきなり男性が対応、「誰が発言していましたか?」と聞かれたので、

「大阪からの中継で椿原さんが」と。

気をつけます、とのことでした。



NHK。

深夜2時50分のBSニュース。

公共放送のアナウンサーともあろう人が、いきなり「従軍慰安婦問題で・・・」

翌朝、しっかり電話しました。

これがさー、そもそも電話番号が0570で1分10円取るの。ひどくない?

皆様のNHKのくせにさ。フリーダイヤルにしてもいいのに。

これは電話に出た人が録音しながら承る形式。

「公共放送なんだから、日本の政府の見解に沿った放送をしてください。

そもそも最近のNHKは特定の国に偏りすぎ。

このままでは受信料の支払い、もっと減りますよ」

まあ、派遣かバイトのお姉さんだろうから、それ以上は言わず。

ご意見として製作担当者に伝えます、とのことでした。


クレーマーですかね。

きちんと冷静にお話してますから。


そして、更に私はとある団体にもお問合せの電話を・・・・

その話は又後日。

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同学 追記あります☆

クラスメートの事を中国語では、同学といいます。

それから、国立図書館で、うっかり筆記用具を持ち込んで閲覧室に入ろうとしたら、

受付のおば様に

「同学、同学」と呼びかけられましたので、

そういうときにも使うようです。

街中だったら「小姐、小姐」でしょうけど。


で、クラスメートの事。

最初、淡江大学では、日本人4名、韓国人3名、タイ人1名、インドネシア人1名でした。

インドネシア人の彼女は、華僑らしくペラペラ。

しかし、惜しむらくは漢字が書けない、読めない。

とても苦労していました。

彼女は、実家に仕送りしているらしく、バイトがお忙しい様子でした。

持ち物の値段を良く聞かれましたが、覚えてないのでそういうと、

「いつも知らないっていうのね。」と言われちゃいました。


タイ人の彼は、すご~~~くのんびりしてました。

そして明るい性格。

何で中国語を勉強しているの?と聞くと、「大学院に行く為」とのこと。

しかし、彼の中国語の実力では、道未だ険し、という感じ。

だって、タイ語にしか聞こえないんだもん。

彼のノートのタイ語の文字に、一同注目。

本当に使ってるんだ、この文字・・・・と妙に感動。

一度、タイのインスタントラーメンを貰いました。

人にあげちゃったけど。


そして、韓国人。

ひとりは、宣教師になりたいという男性で、奥さんと共に台湾に来ていました。

大陸で布教したいそうです。

(後に、韓国がアメリカについで海外不況に熱心だと言うことを知り、納得。

彼が間違っても、わいせつ宣教師になりまんように)

奥さんは、一度あったことがあるのですが、

中国語は既にペラペラで、なんていうか威厳のある人でした。

ちなみに、先生が「サンジョンはPTTクラブね。」とからかうので、

何かと聞くと、「パータイタイクラブ(恐妻家クラブ)」と。皆大爆笑。

まじめで紳士的な人でした。

しかし、彼の中国語はどう聞いても、韓国語。

ひじょーーーーに聞き取りにくい。

後日知り合った別の韓国人学生にそのことを言うと、

「そうなんだよねー」と苦笑してました、


もう一人も、ご主人と一緒に留学していました。

ものすごく細くて、足が長くて、スタイルが良かったー。

髪も黒くてさらさら。美人じゃないけど。

留学の目的は、「カナダに移民するから」

ここで、私たち日本人一同は目が点に。

カナダに移民するんなら英語では?

と思いましたが、失礼になるといけないのと、そこまでの語学力が無かったので、スルー。

(後に、韓国系移民が北米大陸でいろいろ問題を起こしていることを知り驚愕。

それにしても、カナダで中国語を使って何をする気だったんでしょう。)

途中、親御さんがガンになってしまったとかで、帰国されました。

ヘビースモーカーだったなあ。


もう一人は、台湾人と結婚したおばさんのところにホームステイしている若いお嬢さん。

この子はとっても優秀でした。100点満点を取ったので、見せてもらったり。

(でも、基本日本人は優秀で、たいてい皆90点以上でした。漢字が読めるって素敵ね)

この後は、コンピューターグラフィックの勉強をしに、東京に留学すると言っていました。


基本的には、このメンバーで進級しました。

インドネシア人の彼女は残念ながら留年。

進級後加入してきた、アメリカ人のリタイア組のおじさんは、レベルについていけずクラス替え。

やはり、日本人が多いクラスは、漢字がわかる前提があるだけに、西洋人には不利なようです。


基本的には、日本人同士仲良くしてましたが、

次に仲良かったのが、実は韓国人留学生。

他のクラスのインドネシア人の女の子(実に日本人ぽい)も交えて、

「いつものメンバー」になり、何度かランチを食べに行きました。

もちろん会話は中国語。

楽しかったです。






私は、アノ人たちはいやですし、

「そんな人ばかりじゃないよ」とだまされるようなお花畑脳でもありません。

本当は日本人の事を嫌いだったのかもしれません。

でも、どの韓国人も態度に出したことはありませんでした。

アノ人をかばうつもりはありません。

でも、これが正直な、私の台湾での経験です。

いやな思いは一度もしませんでした。

どんなに何かが嫌いでも、公平でありたい。

そうでなくなったら、アノ人たちと同じになってしまう。

とはいっても、彼らもスイッチが入ったら豹変するのかな。

さびしいなあ・・・




次の学校でのクラスメートについては、又後日。


アノ人たち

神社で○○とか、人としてどうなの?というニュースがありましたね。

半島に住む人たちって、本気で日本に賠償責任とか求めてるんでしょうか。

他人事ながら、本気で日本人の謝罪と賠償とやらを望むのなら、

日本人の心をつかむ方法を、ちゃんと研究した方がいいと思う。

私なんて、すっぽり自虐史観で育ち、

実家では反日新聞を購読していたのに、

完全に気持ちが離れてしまいました。

日本国内に仲間がいるからと高をくくっているのでしょうか。

それとも日本人が今まですぐにうろたえて、謝ったり援助したきたので、

味をしめたのでしょうか。

ただのストレス発散でしょうか。


日本人が一番嫌いなのは、

ああいう風に口角泡を飛ばすように自己主張を繰り返す人。

感情をあらわにする人。

遠慮の無い人。

謙遜ということを知らない人。


妄言、だの

捏造、だの

ほんの数年前まで、目にするとの無い言葉でした。

それが、このところ連日のように、見かけます。

自分に都合が悪いことは全て、「捏造だ」という文化。

もううんざりです。


島国根性、万歳です。

時刻の精神性が海によって守れたこと、

神に感謝です。


語学教室あれこれ

私は、3つの語学教室にお世話になりました。

幸いビザの取得の必要が無かったので、どんな学校でも問題ありませんでした。

学生ビザの発行要件を満たさない学校もあるので、

留学をお考えの方は、事前によくお調べになってくださいね。


最初にお世話になったのが、通称「チンニャオ」さん。

http://www.bz-bluebird.com/jp/bz_f_02.html

家から歩いてすぐだったので、ここに決めました。

先生は、台北大学日本語学科卒業、日本語検定1級をお持ちの、

若いお嬢さん。

マンツーマンで、週1回のペースでした。

ちょっとゆっくりでしたが、

最初は個人レッスンを取って正解でした。

が、余りにもゆっくりしたペースの為、だんだん焦り気味に。

先生には何の不満も無かったけれど、転校することにしました。

予断ですが、ここの経営者は日本人です。


次にお世話になったのが、

淡江大学華語中心http://www.dce.tku.edu.tw/33.jsp

学費と、入学に必要な書類が簡便だったため、ここにしました。

途中編入だった為、簡単な面談を受けて、クラスが決まりました。

都合2学期通ったのですが、

特に後の学期の先生のおかげで、

私の中国語のスキルは飛躍的に伸びました。

また、ここで始めて外国人の友達ができました。

クラスメートについては、又別に書きます。


最後は、名前を失念してしまいましたが、台北駅前の語学学校。

学費が一番安かったのです・・・。

ここでは、更に多国籍なクラスメートに出会いました。

しかし、教室のレベルとしてはイマイチ(ごめんなさい)。

途中、中華大学との提携がなしになったりして、

学生ビザが取れなくなり、

かなりの人が転校して行ったようです。

でもここでの、クラスメートとの交流は中々面白かったです。

その話は、又後日。

戻ってきた落し物

yukimariさんのブログで紹介されているニュース、

http://ameblo.jp/yukimari-8121/entry-11540770393.html

暫らく前にも、ヤフーニュースで見たような気がします。

すばらしいですね。


実は、私も同じような経験があるのです。


私が落としたのは、いわゆる「居留証」。

外国人登録証のようなものでしょうか。

パスポートの次に大事なものです。

それが、バスの中で落としたのか、無い!!!!!!

もう真っ青ですよ。

中国語の先生(若いお嬢さん)一緒に探してあげる、

と言ってくれましたが、

どうにもこうにも見つかりません。

これは警察に行くしかないか(警察で再発行してもらうため)、

と二人で我が家でお茶を飲んでいると、

電話がなりました。

中国語で話されるので、先生に代わってもらったところ、

なんと、それは居留証を拾ってくれた人でした。

同じパスケースの中に、

国立図書館の入館証が入れてあったので、

その方は、国立図書館に電話して、私の電話番号を聞いて、わざわざ掛けてくれたのです。

電話番号=個人情報を簡単に教える国立図書館てどうよ?という突っ込みも無くはないのですが、

そんなことより、居留証のほうが大事。


拾ってくださった方は、とある日系企業にお勤めの女性でした。

お会社の住所をメモし、時間を約束し、翌日手土産を持って伺いました。

その方も、簡単な日本語を話せる方でした。

お礼を言って、手土産をわたそうとすると、

「いえいえ、当たり前の事ですから」と遠慮されるのです。

もちろんお渡ししてきましたよー。


居留証なんて、悪用しようと思えば、どれだけでも悪用できるものです。

それが帰ってくる国、台湾。

すばらしいです。


しかし、偶々私は運よく返ってきただけかもしれませんので、

皆様は十分お気をつけくださいませ。


私が出会った日本語世代の方々

私が出会った日本語世代の方との思い出を少し。


最初の大家さんが日本語世代の方でした。

とても小柄ですが、とても働き者。

いつも建物の掃除をなさっていました。

その方が、日本語世代の方だったので、

私の台湾ライフは穏やかに始まったといっても過言ではありません。

安心感が違うといいますか。

日本のおば様と話しているのと、全く変わらないのです。

静かで、まじめで、働き者。

引っ越す時、「お母さんのようでした。ありがとうございました」と書いて、

カードをお送りしました。

涙が出るほど嬉しかったのよ、と後でおっしゃいました。

お元気かしら。


マンションの一階下にお住まいの方。

引っ越した先で、水漏れトラブルがあり、

下のお宅にご迷惑を掛けていないか確認に行ったら、

日本語世代のおば様がお住まいでした。

これが絵に描いたような「台湾のお金持ちのマダム」。

前後のいきさつは覚えていませんが、

私が「台湾で○○科の病院を探している」という話をしたら、

「私の息子が台大病院の医者をしているので、紹介しましょうか」と言われました。

丁寧にご辞退申し上げたのですが、

今から思えばお願いすれば良かったと、ちょっと後悔。


健康診断に行った病院。

日本人グループには通訳がつきました。

その通訳さんが、日本語世代の上品な奥様。

スタッフから中国語で「マーマ」と呼ばれていました。

ので、ああ、スタッフからお母さんのように慕われているのだなあと思っていたら、

院長の母でした・・・・。

息子さんは、アメリカの大学も卒業されているそうです。

大槻ケンジの本を読んでいたら、

「ケンジ・・・、ケンジ?日本人ですよね?」と戸惑ったご様子。

日本人男子名なのにカタカナ表記が、意外だったそうです。

いろいろ世間話をしました。


道でいきなり「博物館に行くのか?(原文どおり)」聞いてきたおばあさん。

遠い記憶の中の日本語を、一生懸命思い出したご様子でした。

日本語を話す人々

ご存知のように、台湾には日本語を話す方がたくさんいらっしゃいます。

日本語世代の方々はもちろん、

仕事で日本語を必要とする方、

日本に興味を持ってくださる方、

いろいろです。


台湾に住むことになって、一番最初に出会う「日本語を話す人々」

それはズバリ「不動産屋の営業のおねえさん」

日本人対象の不動産屋さんは複数ありますが、

どこも営業は日本語を話す若いお嬢さんでした。

なぜわかいお嬢さんかというと、

それは「駐在員の殆どが男性だから」というのは、都市伝説ですが、どうなんでしょう。


それから、「日本人を対象としたサービス業の方」がいます。

林森北路という有名な飲み屋街がありますが、

日本人ビジネスマン対象のスナックが、軒を並べています。

私は女性すが、まぎれて行っちゃいました。

源氏名はたいてい日本名。

ママがつけるので、少し古めかしいお名前の方がいらっしゃったりして。


中国語教室の先生。

マンツーマンで教えてくださる教室の先生は、日本語を話せる方が多いようです。


街で出会う日本語を解する皆さん。

たまに、日本人と分かると、日本語で話しかけてくる人がいます。

主に、困っている時に助けてくれる感じ。

(私はこの経験があって、日本に来る外国人には親切にしようと誓いました。)


日本語を解する人は、ピンポイントでいらっしゃるので、

台湾旅行をされる際には、うかつに台湾の悪口や侮蔑的なことは言わないでくださいねー。

台湾好きにそんな人はいないと思いますが、念のため。

香ばしい番組

BSなので視聴率はさほどではないと思いたいのですが・・・・


http://www.bs-asahi.co.jp/newsroom/



ものすごく、朝日クオリティ。

今日のコメンテーターは映画監督。

ワイドショーでもないのに、このチョイスは何??

しかも、日本人ですらない・・・・


そして、BS朝日のトップページ、

ものすごいです。


本当にこの局はダメです。

二二八紀念館であったおじい様

台湾の暗黒の歴史、二二八事件をご存知でしょうか。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E3%83%BB%E4%BA%8C%E5%85%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6


台湾の黒歴史です。


総統府で出会ったおば様のお勧めもあり、

私は台北駅近くの二二八紀念観に出向きました。

そこでも、日本語世代のおじい様がボランティアでガイドしてくださいました。


犠牲になった方々のお名前や顔写真が並んでいます。

「これ、私の○○(失念してしまいました)」とお写真を指差されました。


そこで聞いた、中国人(国民党)と日本人の比較です。


①日本人は日本人になりたいか、台湾人でいたいか選ばせてくれたけど、

国民党はいきなり「今日からお前達は中国人だ」と言って、強制的に中国人にさせられた。

日本人でさえ3日待ってくれたのに。(史実かどうか分かりません。個人の見解です)


②日本人が操業していた工場を中国人がそのまま使い始めた。

日本人はずっと使えるように整備して使っていたけど、中国人は修理も何もせず、使うだけ使って壊れたらそのまま放置して、どんどん台湾の産業が無くなっていった。

他の事も皆送で、日本人が作って綺麗に整えたものを、中国人は使うだけ使って壊していった。


③中国人(国民党)は、嫌疑を掛けられた人々の足首に穴を開け、縄でつないで連行した。

生々しい拷問の様子を語ってくださいました。




毎年2月28日には大規模なデモが台北駅前から二二八紀念公園まで繰り広げられます。

私も家の窓から、その様子を写真におさめました。



二二八紀念館のホームページhttp://228.taipei.gov.tw/

台湾リピーターの方は、ぜひこちらにも足を運んでくださいませ。

余談ですが、私は、この近くの極品軒のトウロンポウが大好きでした。




台湾のインフラは暫らく日治時代のままでした。

と言うのも、国民党は共産党をやっつけて、さっさと大陸に戻る気でしたから、

インフラ整備などにお金を使う気が無かったのです。

ところが、近年になって台湾人のアイデンティティが高まるにつれ、

ここは我々の国、と言う意識に変わり、再開発がどんどん行われ

街の近代化が進んだそうです。

ですから、「昔の日本みたい」という光景が、いいにしろ悪いにしろ残っていて、

そこが私たちの心をひきつけるのかもしれません。


もう少し日本語世代の方々とのささやかな思い出があります。

又書きまーす。又後日♪

平和ボケ

昨日のTVタックルのやくみつる氏の発言には吃驚しました。


要約すると、


戦争をするくらいなら、殺されてもいいから戦争したくない。


国家とは、為政者の為のもので、為政者の為の戦争などしたくない。


あの時代に自分から慰安婦になる人はいないから、軍による強制があったはずだ。




あの人って、もっと頭がいいと思っていました。


戦争しなくて占領されたら、あっさり殺してなんかくれません。

無駄に拷問を受けて、目の前で奥さんや娘を強姦されて、

むごたらしい死に方をするのですよ。


為政者のため・・・・馬鹿ですか?

あなたが言いたいことを言え、へんな収集をして、漫画を描いてテレビに出て生活できるのも、

「日本」という国家があればこそ。

同じことを、国家を奪われたチベット人の前で言えますか?


自分から売春婦になる人なんて、いなかったでしょうよ。

「売られた」んですよ。

あの時代は、日本国内でもよーーーーーーくある話でした。

嫁に行くか、女中に行くか、女工にいくか、女給になるか、娼婦になるか。

日本全体が貧しかった時代の不幸なお話です。

いわんや、もっと貧しかった当時の朝鮮のことです。

それがいいことなんて思ってないです。

ただ、悲しい過去の事実です。

それを今の感覚で語ることが間違い。


本当に吃驚しました。


おまけですが、

同時に出演されていた白人男性も、最低でした。

戦勝国アメリカは、ああいう封に私たちを見ているんだなと、勉強になりました。

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