ジュヌヴィーヴな毎日

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思い出の金銀みどりとバンクーバー

当時、ブログと言うものをしていなかったので、

誰にも言えなかったけど、

「オバサンは知っている」シリーズ?ということで、書く。



その昔、名古屋には伊藤みどりと言う偉大なスケーターがいた。

アルベールビルで金メダルを期待されながらも、銀メダル。

インタビューで、「銀メダルでごめんなさい」と言ったことを、

覚えている人も少なくないと思う。

あの時の世論は、

「ごめんなさいだなんてとんでもない」「すごいよ、みどりちゃん」だった。

また、名古屋のもう一組のスーパースター、

きんさんぎんさんがまだご存命で、

「銀が一番、銀が最高。おめでとうございます。ひゃひゃひゃひゃー」と

大喜びされていたご様子も報道されました。

日本中、そして東海地方、名古屋、みんなが

伊藤みどりの健闘をたたえ、銀メダルを喜んだのでした。

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あの時、すべてが終わってから、伊藤みどりが山田コーチのお宅に起居していたこと、

伊藤家が母子家庭であること、

経済的に困難な伊藤家に代わって、西武の堤が支援していたことも、初めて明らかにされました。

思えば、つつましい時代でした。



それから16年。

バンクーバー五輪で、やはり国民的人気スケーターである浅田真央が、

銀メダルを獲得しました。

前大会で、荒川静香が金メダルを取ったせいでしょうか。

何故か、勝手に日本人は「金メダル以外はカスよっ」となってしまっていました。

度重なる浅田真央に不利なルール改正や、

韓国のものすごいキムヨナ優遇政策(高校の授業を受けなくてもスケートの練習をすればその時間が単位にカウントされる)なども知らず。

そして、次の次の次、のヒラマサ五輪のために、

国家適宜業のサムスンが全力で、キムヨナをサポートしていることも知らず。

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また、

浅田真央が直後のインタビューで涙したことを、

学芸会の主役になれなかった子供の涙のようだという識者がいたり、

国会議員までもがブログで貶したり、

中には、今年最もがっかりさせられた日本人、などと言う年末特番が組まれ、

靴ひもが切れた織田信成とともに、銀メダルに終わった(こういう言い方は甚だしく失礼だと思う)浅田真央も取り上げられ、

100314[1]






「あのこなんてキム・ヨナに勝てる訳ないじゃないの!
最初くるくるっと回って、後はお遊戯みたいなもんなんだから・・・」

「3回転半って誰だって出来るんでしょ?」


と言い放つ人まで現れました。

まあ、当時のキムヨナには、浅田真央だろうが、誰だろうが、

絶対勝たせてもらえなかったであろうことは、事実ですけどね。



私は思いました。

ああ、今、ぎんさんがご存命だったら!!

きっと、誰よりも銀メダルを喜んでくださったことでしょう。


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真央ちゃん、世界女王おめでとう。

ギネスブック登録もおめでとう。

私は、あなたを誇りに思うよ。



これからの人生、どんな道を選ばれたとしても、幸多かれと祈っています。


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