ジュヌヴィーヴな毎日

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なぜザイニチは帰らなかったのか①

今時、もう、ザイニチのみなさんは「強制連行で連れられてきた人々」と思っている情弱な人は、

ほとんどいないと思いますが、

なぜ戦後返らなかったのか、と言うことになると、まだまだご不明な方も多いと思います。


まず、ザイニチのみなさんに直接つながるかはわかりませんが、

じつは日韓併合のずっと以前から、朝鮮半島から日本に職を求めて自主的にわたってきた朝鮮人が大勢います。

日本も当時さほど豊かではなかったのですが、朝鮮はもっともっと貧しかったのです。

ほとんどの国民は識字率が大変低く、特に女性の多くは名前すらないものもいたと言われています。

当然、ありつける仕事と言えば、良くて工員、女性は大抵売春業でした。

http://ameblo.jp/brief-comment/entry-11492091168.html

そのうち、日韓併合され、朝鮮半島も日本の一部となり、

多くの朝鮮人が「日本人として」本土にやってきました。

あちらの人たちが主張する「強制連行」は国民すべからく徴用された日米開戦以降の6年間のことを指していると思われます。

しかし、これは何も朝鮮人をターゲットに行われたわけではなく、労働人口を軍隊にとられたたために、

銃後の国民でカバーするため、いわゆる本土の日本人だけでなく、およそ当時の日本国であったすべての地域で行われたことです。

後の調査で、本当の意味で強制徴用された人は245名であったと言われています。

また、強制連行されたことの証明に、よく語られる「兵隊が家に押しかけてきて、強引に連れ去っていった」というのがありますが、

おおかたは、同胞による拉致でありました。


話が遡り過ぎましたので、続きます。

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