ジュヌヴィーヴな毎日

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事件の終息[編集]

1985年8月7日、ハウス食品事件で不審車両を取り逃がした滋賀県警本部長が自身の退職の日に本部長公舎の庭で焼身自殺をする。遺書は残されていないが、一般に失態の責任を取ったと解釈されている[15]。ハウス食品事件の失態の責任を全て負わされたことに抗議するための自殺だったとする説もある[要出典]。本部長はノンキャリアからの叩き上げであった。

1985年8月12日、犯人側から「くいもんの 会社 いびるの もお やめや」との終息宣言が送りつけられた。理由は、その5日前に自殺した滋賀県警本部長への香典代わりというものだった。

脅迫状の届いた会社の一つであったハウス社長の浦上郁夫はこの事件の終息を同社の創業者・前社長であり父親にあたる浦上靖介の墓前に報告するために1985年8月12日に日本航空123便に搭乗し、日本航空123便墜落事故に巻き込まれこの世を去った。

この終息宣言の後完全に犯人の動きがなくなった。

1994年(平成6年)に江崎グリコ社長誘拐事件が公訴時効になり、捜査本部の体制は大幅に縮小される[16]

さらに2000年2月13日0時に東京・愛知で青酸入りの菓子をバラまいた2件の殺人未遂事件とこれにかかわる28件すべてに公訴時効が成立した。

事件の捜査に関わった捜査員の延べ人数は130万1千人、捜査対象は12万5千人と言われる。


公舎で焼身自殺・・・・・。

あり得ない。

あり得ないですよ。

遺書もないのに自殺扱い。

しかも、滋賀県。


においます。

が、怖いので、私もここまでにしたいと思います。


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