ジュヌヴィーヴな毎日

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話題騒然 佐藤優!

なんか、一昔前のアイドルみたいな名前ですが、

こんなお顔の方。

先ごろ、福島みずほ議員との強烈対談で、私たちの耳目をひきつけましたね。

それはこちら。


佐藤 私の知っている外務省の職員でも、日本国籍を取得した人がいます。もともと韓国籍だったとかね。
親が在日韓国人、在日朝鮮人で日本国籍を取得した人は何人もいますよ。そういう人たちはどうなるのか。
こういう人たちの力をきちんと活用しないのか。ようするに公務員というのは日本国民と日本国家に対して忠誠を誓っている人。
そういう人が公務員として受け入れられるのに、特定秘密保護法案は、一種の人種条項みたいな使われ方になりますよね。

福島 はっきりとした人種条項ですね。


元ネタになっている週刊金曜日のwebは削除されたようです。

そもそも、週刊金曜日はサヨク雑誌で、福島みずほさんとは何度も対談されていて、

昵懇の仲のようです。

福島みずほ氏は「人種条項はいかん!」と正義を叫んだつもりでしょうが、

暗にはカランや、この対談は、いろんな事実を明るみに出すこととなりました。

それはさておき。


最近では、こんな斬新、でもない、単なる今まで通りの外交を提案されています。


中韓分断へ「特使外交で局面打開を」

 佐藤優氏慰安婦問題などで反日政策を続ける韓国。

元外務省主任分析官の佐藤優氏は

「韓国(の国力)は弱い。その韓国が強い中国とつながるようなシナリオは極力避けるべきだ」と話し、中韓関係の分断を提言する。

そこで、「特使外交」による局面打開が必要だという。「安倍晋三首相が朴槿恵大統領に特使を送り、『何をやってほしいのですか』と尋ねる。

それを丸のみしても関係悪化を止め、中国との間に楔(くさび)を打ち込める」

http://sankei.jp.msn.com/world/news/131211/chn13121111050001-n1.htm

こんなことやってたから、いつまでもいつまでも、日本は韓国のATMになっていたんです。

韓国の国力が弱かろうが知ったことではないし、

中国にすり寄って吸収されようがどっちでもいいし、

何をやってほしいか尋ねる筋合いもないし、

丸のみする必要もない。

だいたい、共産圏との最前線であることから、

アメリカも日本も、これまで韓国にはたいへん配慮してきたのです。

これを本気で今でもいいネ!と思ってるとしたら、この佐藤優と言う方は、

阿呆か韓国人か左翼です。




で、気になってこの方のwikiを調べてみました。着目したのが、

1975年埼玉県立浦和高等学校に入学。同年夏に東欧・ソ連(当時)を一人で旅する。

と言う箇所。

1975年という年は、クアラルンプール事件(日本赤軍がマレーシア・クアラルンプールのアメリカ大使館等を占拠)というのがありました。


少し遠回りになりますが、ちょっと聞いてください。

そのほんの5年前に大阪万博がありました。

その万博を舞台にした小説、「水曜の朝、午前三時」という恋愛小説がありますが、

その中に北朝鮮籍の青年が出てきます。

青年は、北朝鮮籍であることを隠して、万博事務局に勤めコンパニオンと恋愛関係になりますが、

ちょっとした交通事故を引き起こし、免許証から国籍が北朝鮮であることがわかり、

恋人とも破局し事務局も退職します。しかし、そのことはまだ秘密でした。

彼に片思いをしている別の女性がいます。

彼は、しばらくの間海外に出かけている、と彼を訪ねてきた別の女性は聞かされます。

それも、モスクワ、ブカレスト、など東欧の国々。

若い彼女は、彼が優秀だから、そういう難しい国々にも行けると信じているのですが、

何のことはない、朝鮮総連の仕事で、そういう国々に出かけていたのです。


何が言いたいかというと、もうみなさんおわかりかと思いますが、

その当時、共産圏は「鉄のカーテン」の向こうにあり、

一般の日本人はなかなか旅することができませんでした。

当時の西ドイツに住んでいた知人によりますと、ベルリンではブランデンブルク門の後ろ側しか見れなかった、

すなわち東ドイツ側には、特別な事情がない限り、入れなかったのです。

そこに、なぜ一介の高校生が、一人旅できるのか。

しかも、日本は第一次オイルショックの影響で、大規模倒産が相次いでいた年です。


この方は、尊王発言が多いうえ、イスラエル擁護派、北朝鮮の拉致問題解決のためには武力行使も辞さない、などと、

一瞬激しい保守派のようですが、果たしてそうでしょうか。

今回の一連の発言で、化けの皮は完全にはがれたと思います。



この方は、恐ろしいことに、ノンキャリ組で外務省に入省したにもかかわらず、

なぜか1987年にはモスクワ大学に語学留学し、そのまま1995年までモスクワ大使館に勤務しています。

しかも、日本帰任後の1998年には国際情報局分析第一課主任分析官=この人のために作られたポストに就任し、

橋本龍太郎首相の下、日ロ平和条約締結に向けての交渉に参加しています。

(実際は締結はされていません。)

後は、もう有名な鈴木宗男事件に連座して、逮捕、退職。現在に至る、と言うわけです。


いろんな意味で、不気味で、気持ちが悪い人です。

こういう人が、外務省に巣くっていたのかと思うと、ぞっとしますね。

小和田恒氏(皇太子妃雅子様の御父上にして、国際裁判所判事)指導の「ひざまずき外交」も、

こういう人材を引き立てることで、より強力なものになっていったのでしょう。

安倍政権もやっと1年を過ぎて、長期政権の期待が持てるようになってきました。

これから本格的に、赤狩りならぬ「反日狩り」を進めて頂けるよう、

心から祈るばかりです。


つまり、安倍政権が長期安定政権になっては困る人が、この日本には大勢いるということ。

そこらへんも考慮しつつ、見守りたいと思います。

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