ジュヌヴィーヴな毎日

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教科書のウソ

私は受験で世界史選択だったため、

日本史の基礎知識は、義務教育で教わったものがメイン。

なので、最近改めて日本史について勉強してみると、

教科書がいかにウソだったか、

もしくは昨今の教科書の改訂がいかにある種の「意図」に基づいているか、

逆にくっきりとよくわかります。








私が、「ああ、騙されていたんだな」とはっきり思うのは、

織田信長以降の諸大名及び権力者が出した

「キリスト教禁止令」の真実です。

私が読んだ参考書には、

「神のもとでは皆平等であるという教えのキリスト教は、

当時の封建主義社会では不都合だったため、

禁止された」と書いてありました。

純粋な中学生であった私は、まるっきり信じてこの歳まで生きてきたんですね。








もう既に常識になっていますが、このブログを読んでくださっている、まだ知らなかった人のために書きます。

宣教師は布教のため、民衆を幸せにするために来たのではありません。

自国の利益のために来た人々です。

そして、キリシタン大名を焚きつけ、国内での内乱を企て、

そして日本人を奴隷として売買していました。

これは、キリシタン大名がローマに送った天正少年使節団の記録にも残っています。

そもそも、ローマ法王が異教徒の奴隷売買を許可していたのですから、

当然と言えば当然のことでしょう。

ゲンダイの人権意識とは全く違うのですから。







「我が旅行の先々で、売られて奴隷の境涯に落ちた日本人を親しく見たときには、 こんな安い値で小家畜か駄獣かの様に(同胞の日本人を)手放す我が民族への激しい念に燃え立たざるを得なかった。」
「全くだ。実際、我が民族中のあれほど多数の男女やら童男・童女が、世界中のあれほど様々な地域へあんなに安い値でさらっていって売りさばかれ、みじめな賤業に就くのを見て、憐憫の情を催さない者があろうか。」


こう言う事実を知ると、悲劇のヒーローのように思われてきた、

天草四郎時貞についても、少々見る目が変わってきます。

確かに重税による不満もあったでしょう。

しかし、なぜ反乱軍がそれほどまでに武器を持てたのか、など、

今の紛争地帯における反政府軍の資金源が疑わしいのと同じく、

どこか外国勢力の力を勘ぐらずにはいられませんね。




右は生まれ変わりを自称されるお方。




 


             

日本国内を内乱状態にして、そこを支配する…まさに、

南米の地でスペインやポルトガルの宣教師がやってきたことそのものです。


それから、

最近私がたいへん怪しいと思ってることに、

「豊臣秀吉は猿。豊臣秀吉は下品。」みたいな、

秀吉を他の武将と比較して貶めて観る風潮です。

武士の家柄ので出なかったことから、品性を貶めて観ることで、

徳川側(のちの支配者)は、自らの正当性を高めるのに利用したのだと思います。

そして、戦後に至っては、

私はやっぱり「「朝鮮出兵」が絡んでいるとしか思えない。







          



私も、無謀なことをした、領土的野心に目がくらんだ成り上がり者、のように考えていました。

しかし、当時は戦って領土を広げるのが当たり前の時代で、

東アジアでも力を持った武将が領土を広げ、

余った戦力を養うためにも戦いを続けるのが当たり前のことでした。

私は「朝鮮出兵」と習ったので、あくまで目的は朝鮮半島かとズーーーーーっと思ってたのですが、

あれが目的は「明」だと知った時には、コペルニクスも真っ青なほど、

認識が変わりました。。

ただの通り道だった・・・・のにも、関わらずあの自意識過剰で被害者意識が400年続いているキッカイさ。

そもそも、そんな下品で人たらしなだで能力の無いものが、運だけで天下が取れるわけがないのです。

秀吉という人を、貶めておきたい勢力が、ずっとあるんだな、と思います。








   


長くなりついでにもう一つ。

最近の教科書では「聖徳太子はいなかった」となってるそうですね。

ほんとのところ、「聖徳太子という特定の人物」がいたかいなかったか、

誰も当時のことを知らないので、それについて素人の私が口をはさむべきではないと思います。

しかし、

聖徳太子的な仕事をした人、は現実にいたのです。

私は、聖徳太子こそ、日本の大恩人だと思っています。

聖徳太子が「日出処の天子、日沈むところの天子に書を使わす」と、

対等な立場で国交を申し出てくれたからこそ、

私たち日本は、あの「中華圏」に組み込まれずに済んだのです。

それが、「聖徳太子はいなかった」となると、

何もかもが崩れてしまいます。

聖徳太子、もしくはそいう言う事業を成し遂げた人物、がいなかったことにしたい力、

というのが確実にある気がします。

おまけ的知識ですが、

初代台湾総督の樺山愛輔伯爵は、聖徳太子報恩会としてもご活躍でした。

樺山伯爵の孫娘は白洲正子、白洲正子の夫は、吉田茂首相の参謀として、

日本の戦後処理に当たった人物で、ザイニチ朝鮮人の帰国事業を推進しようとした人です。

聖徳太子をなかったことにすることの裏には、

こんな意味もあるのかもしれないと思うのは、うがちすぎでしょうか。


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