ジュヌヴィーヴな毎日

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コラであってほしい韓国の歴史教科書

本気で信じていたら、世界の学界で発言できなくなるレベルです…。大丈夫か韓国。

シベリアまでも治める強大な国、高麗。

何故か日本も同じ色。


三韓時代というのがあり、確かに馬韓という国は存在しました。

が、殷と戦ったとか、黄海を朝鮮内海と表示するのはいかがなものかと。

東海はお約束なんですね。韓国語という事なら、ご自由にどうぞ。

でもこれにこだわると、海外で就職できなくなります。

大和朝廷も、百済系だとしたいようです。

日本人学者でもそれを主張する、謎の学者がいますね。

なぜその当時から、言葉が違ったのか理由がわかりません。

更に、これほど大国として自慢する百済を、新羅が高句麗とともに滅ぼし、

百済があった地域は「全羅道」として、大韓民国の中でも微妙な立ち位置にある土地になっています。

さらに、現代の韓国と百済とは、なんのつながりもありません。



ちょっとよくわからないのですが、唐と日本は半島にあった国を介して交流したことになっているようです。

確かに、朝鮮半島にあった国は、唐の属国であったため技術等は進んでいたかもしれませんが、オリジナルではなかったことを、すでに当時の日本人は見抜いています。

なので、わざわざ莫大な国費と尊い人命をかけて、遣唐使という唐との直接交渉に切り替えたのです。

あと、高麗、大きすぎです。



地元の図書館にある、韓国の小学校の歴史教科書という本を読みました。

最初は檀君神話、そのあといきなり日本に稲作や文明を教えたことになっていて、

次は何故か李氏朝鮮に話が移り、

続いて「朝鮮通信使」が日本でも手厚くもてなされ、高い文化を伝えたことになっています。

事実は全く逆。

当時の朝鮮は、清の属国だっため、外交権はありませんでした。

なので、「使節団」という名称だったのです。

あと、

こういうのもまったくのウソ。

これは、韓国の歴史ドラマと日本の時代劇の大名行列をヒントに、

後付けで作ったこうだったらいいなー、という想像図です。

町おこしをしたい、地方の人々を、韓国人が利用しているだけ。

朝鮮は、何度も言いますが、代々、宋、元、明、清の属国でしたので、

王様と言えど、身に着けてもいい色が制限されていました。

更に、染色の技術が育たなかったため、大抵のものは白い民族衣装を着ていたんですね。

明治になって、日韓併合してからやっと染色技術が導入されたのです。

だから、私たちが見かけるチマチョゴリは、なぜか派手派手しい原色が多いのです。

特に戦後になってから、人口染料が普及してから、やっと一般にも色付きなものが広まったのです。

朝鮮戦争時の庶民の写真を見ても、まだ皆さん、白い民族衣装です。

    


ついでながら、韓国側が出してきた「従軍慰安婦」の証拠写真。

しかし・・・・OFF-LIMITって英語…。KEEP-OUTとか。

しかもこの服装、どう見てもアメリカ風。パーマヘアだし。


国賊の肖像。



どうぞよろしくお願いいたします

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